鯖江の匠が生み出す伝統のメガネ

2020.08.31

フレーム

日本を代表するメガネの産地であり、“メガネの聖地”とも呼ばれる福井県鯖江市。ミキの「PARIS MIKI MADE IN JAPAN project」でも、そのメガネづくりの技術を活かした商品を展開しています。鯖江のメガネはなぜ有名になったのでしょうか、またどのような特徴があるのでしょうか。鯖江の匠が生み出すメガネの魅力に迫ります。

ミキが立ち上げた「PARIS MIKI MADE IN JAPAN project」では、オリジナルブランドの「style J」と「PARIS MIKI Authentic Eyewear」をメインとしながら展開。いずれも日本の職人の技術が詰まった“鯖江のメガネ”です。

鯖江のメガネとは、福井県の鯖江市で製造されているメガネのことをいいます。メガネづくりは鯖江市の伝統産業であり、その歴史は100年以上です。日本製メガネフレームの95%以上が鯖江で生産されています。その品質は世界にも認められており、海外有名ブランドからもオーダーが入るほどです。名実ともに日本製メガネの最高峰ともいえる鯖江のメガネは、品質にこだわり、“本物”を追求する方におすすめの逸品です。
また、鯖江市にはメガネの工場やショップのみならず、「めがねミュージアム」という施設も存在します。福井県内産のメーカーが手掛ける2500種以上のメガネを展示販売するほか、館内には約100年前のメガネの製作現場を再現したコーナーがあり、実際に職人の話を聞くことも可能です。オリジナルのメガネを手作りできる工房も併設されています。

鯖江市は人口7万人弱と決して大きい街ではなく、もともと製造業がさかんな土地柄でもありません。そんな鯖江がなぜ“メガネの聖地”と呼ばれるまでになったのでしょうか。鯖江のメガネの歴史について解説します。

街としての鯖江は、江戸時代中期に鯖江藩5万石が成立したことに始まります。藩主の間部家は譜代大名ではありましたが、これといった産業のない鯖江藩の財政は常に火の車で、藩士も領民も厳しい倹約を余儀なくされていました。
人々の生活の苦しさは明治時代になっても変わらず、雪に埋もれて収入が途絶える冬をどのように過ごすかは、北陸の農村にとって大きな問題でした。このようななか、農閑期の農家の副業としてメガネづくりに着目したのが、麻生津村生野(現在の福井市生野町)の増永五左衛門でした。五左衛門と弟の幸八は明治38年(1905)に大阪から職人を招き、製造技術を学びながらメガネの生産を始めたのです。
おりしも当時は、学校教育や印刷業の普及により日本中で活字を読む習慣が広まっていた時代でした。これに合わせてメガネの需要も高まり、五左衛門が創立した増永工場は生産を軌道に乗せることに成功したとされています。
明治44年(1911)には内国共産品博覧会で「赤銅金ツギ眼鏡」が有効一等賞金杯を受賞し、増永工場の技術が世間に広く認められました。メガネづくりは現在の福井市から鯖江市に広がり、鯖江はメガネのまちと呼ばれるようになっていったのです。

第二次世界大戦が終結すると、その後の高度経済成長の流れに乗り、メガネの需要もさらに高まりました。機械化による生産効率の大幅な向上も相まって、農閑期の収入源として始まったメガネ製造は鯖江の基幹産業にまで発展します。

生産体制の安定化にともない、鯖江では新しい独自技術の追求も並行して行われました。1980年代前半には、加工が非常に難しいとされるチタンを用いたメガネフレームの開発に着手し、世界で初めて製造技術を確立。軽量かつ丈夫であり、また金属アレルギーを起こしにくいことから世界中で親しまれているチタンフレームは、ここ鯖江で誕生したのです。
世界発のチタンフレーム開発を実現した福井光器(現クリエイトスリー)は三城のグループ会社で、1981年からチタンフレームの販売を始めました。
こうした技術革新を経て、鯖江は隣の福井市とともに、今日では国際的なメガネの産地として知られるようになりました。世界のメガネフレームシェアにおいても約20%を占め、有名ブランドのメガネやサングラスを数多く受注しています。

100年以上にわたり愛され続けている鯖江のメガネ、その魅力はいったいどこにあるのでしょうか。日本が世界に誇る、鯖江のメガネの生産方法や品質についてご紹介しましょう。

鯖江のメガネ製造の特徴としては、分業制が挙げられます。1人の人間がすべての作業を行うのではなく、プレス、切削、研磨など、各工程を受け持つ専門の職人たちによってメガネが作られているのです。
メガネづくりの工程は多いものだと200以上にもなります。腕に誇りを持ったそれぞれのプロフェッショナルが磨き抜かれた技術を駆使することで、細部にまで妥協のない、質の高い鯖江のメガネが完成します。
また、鯖江でもその製造作業を一貫してまかなえる工場は、クリエイトスリーを含む5社(2020年7月現在)しかありません。

「style J」「PARIS MIKI Authentic Eyewear」の2ブランドを展開するミキの「PARIS MIKI MADE IN JAPAN project」では、鯖江の自社メーカー工場をメインとしながらメガネを製造しています。現在のメガネづくりにおいては生産性を上げるために機械化も図られていますが、今でも重要な工程は職人の手が担っています。具体的には、メタルメーカーではデザイン・金型・プレス・切削・ろう付け・研磨・検査・表面処理・仕上げの9工程、プラスチックメーカーではデザイン・削り・やすりがけ・鼻パット・テンプル・仕上げの6工程に職人が関わっています。

たとえばメタル枠の切削では、小さなキズを1つでも見逃さないよう、「最低でも誤差1/100ミリ以内」といわれる精密なチェックが職人の目と手で行われます。700度以上の高温で部品同士を接合するろう付けでは、熱せられた部品の光り方を見て、部品ごとに異なる適切な温度を確認。プラスチック枠の鼻パットの製造工程では、プラスチックパットを型から抜くタイミングを、職人はわずかな音の違いで判断しています。また、最後の仕上げでは、職人自身が納得いくまで、時間をかけて磨きが行われます。どの工程にも共通して言えることは、職人がそれぞれ培ってきた技術にプライドをもち、使命感をもって作業に当たっているということです。

鯖江のメガネの魅力は、パーツの1つひとつに日本の職人技が注がれている点にあるといえるでしょう。ぜひその使い心地を体感してみてください。店舗では試着ができるほか、通販なら自宅でゆっくりお気に入りが探せます。

この記事をシェアする

こちらもおすすめです